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2012/11/08

The Giving Tree

Dcim0383

シェル・シルヴァスタインの「The Giving Tree」。
邦題は「おおきな木」。

ノブさんが生まれる前から存在している有名な絵本。

ずいぶん前に手に入れて、
子どもたちに読み聞かせしていたんだけど、
読むたびに号泣してしまうので封印していた。
なのに、
先週末、
掃除していたらポロリと出てきて、
また読んでしまって、
切なくなってしまった。

この少年はワタシだ。

そしてこの木もワタシだ。

でも、
この木のような
無償に与える愛を、
未だワタシは持ち得ない。

ワタシは未だ心が幼くて、
賎しくて、
与えることの見返りを、
否、与えた以上の見返りを
つい相手に求めてしまう。

だからきっと号泣してしまうんだろう。

期待した見返りなんて
タイガイは返ってこないから。
自分に重ねて、木に同情してしまうのだ。

でも木は稚拙なワタシと違って
大きなシアワセを手に入れている。

そして、もうひとつ号泣の理由。
この少年のように
自分の思うままに生きたあとに最後にたどりつく
安息の場所、
安息のヒトは
ワタシにあるのだろうか?
どんなワタシでも受け入れて与えてくれたヒトに
帰って来れるのだろうか?

そしてワタシ自身が誰か、
一人だけでいい、
の安息の場所になり得るのだろうか?

ワタシの最期は孤独なのか?
それともシアワセなのか?

ところでめそめそ泣きながら
(いえ、多分、南陽の地酒「東の麓」にヨッパライながら)
絵本のページをめくっていたら、
↓写真のページでうちのステキいっくんが、
「ふねを作るときは足しか見えていないよ。
体がいなくなった。
かおはたびだったの。」
と大変哲学的な謎めいた言葉を発しました。

Dcim0382_3

ホントだ。
確かに足しか描かれていない。

子どもの行間/隙間を読む脳みその柔らかさに脱帽するとともに、
線と白地の間に何があるのか、
それとも何もないのか、
センチメンタルの向こう側に想像が膨らむ今宵。

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コメント

私もこの本の存在は、強烈な印象となって残っています。
子供だけでなく、むしろ、大人たちに読んでもらいたい本ですね!
自分自身が大人になる段階で、何か大事なものをなくしてしまったんでは?
そんなことを自問自答したことを覚えています。
名作だと思います‥。
(実は見かけによらず童話が大好きで、結構いろんな作品読んでいます!)

投稿: 山本み | 2012/11/09 20:47

to みつぐさ~ん

コメント、ありがとうございマスデス。
シルヴァスタインの絵本、
とてもシンプルで、でも考えさせられる余地があって
素晴らしいですよね。
イロイロな年齢とイロイロな発達段階で
みんながたくさん考えることができて良い本だな~とおもいます。
子どもたちと読むと
子どもたちなりの感じ方があったり、
ワタシが母や「オナゴ」の立場での感じ方があったり。
そしてもっと若いころ、
親の脛かじって大学行って
ハングやっていたころ(今でもしてますけど)の
感じ方があったり、etc.

でも難点はワタシ読んでるうちに泣けてくるんですよ~
ショセクテ(置賜弁:はずかしくて)なかなか人の前で読めまセン。

みつぐさん、童話好きだったなんて…
ロマンティストだと思っていましたが、意外☆
そしてみつぐさんの良いところ、またひとつ知れて嬉しいデス。

投稿: わかこ | 2012/11/09 23:40

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